
目次
【参考文献】
持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
【概要版】持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_4.pdf
人的資本経営に関する調査 集計結果
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/survey_summary.pdf
人材版伊藤レポートについて
ここ最近、人事業界において話題の種になっている、「人材版伊藤レポート」をご存じでしょうか。
伊藤レポートとは、2014年8月に公表された伊藤邦雄一橋大学教授(当時)を座長とした、経済産業省の「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書の通称です。
ここで伊藤教授が提言した、売上高利益率の低さから低ROE(自己資本利益率)を継続していた日本企業に対して、「伊藤レポート」は株主資本コストに着目し、「ROE8%以上」という基準値を設定したことが多くのメディアで取り上げられました。
このレポートによって株主から各企業に求められるものが変化してきたこともあり、日本企業への多大な影響がありました。
そして、経産省が主催した研究会の報告書として提出されたのが、いわゆる「人材版伊藤レポート」です。
従来の日本企業の、人に関わる要員を人「材」とみていた「人的資源(Human Resource)」から、人「財」とみる「人的資本(Human Capital)」に移り変わっていかなければならないことを、時代背景や、世の中からの要望、あるべき姿といった観点から伝えています。
経営と人材育成の紐づけの連動が薄くあった日本企業において、市場のスピードに対応できる体制や、経営陣と人材育成部門の戦略的な連携が今まで以上に必要になってきます。
今回はそんな伊藤レポートを要約した形で、お伝えしたいと思います。
第1章「持続的な企業価値の向上と人的資本」
問題意識
第四次産業革命やDXといった流れの中、産業構造の大幅な変更が余儀なくされています。
またそれを加速させるように新型コロナ感染症が2020年に発生しました。
企業は多様化するニーズに応えるためにも、経営戦略やビジネスモデルにとどまらず、人材に関する戦略の在り方についても変更の必要性が高まっています。
また、ESG要員の中でも、特にS(Social)要員が企業価値に密接に結びついており、株価パフォーマンスも高いというデータもでています。
日本企業の多くは、変化への対応の必要性や危機意識は共有しつつも、経営戦略に紐づいた人材戦略を効果的に実施できていないという現実があります。変化に対応するためには、各社が原点まで立ち戻り、人材の確保・育成、イノベーションを生み出す環境の整備といった人材戦略を変革させる必要があります。
変革の方向性
(1)人材マネジメント目的
人材のマネジメントも成功体験に囚われることなく、価値創造を目的としたオープンで対等な関係へと変わる必要があります。
人材とは「人的資源(Human Resource)」と捉えることが多くありました。
この表現は「既にもっているものを使う」という意味があります。
マネジメントは、いかに使用・消費を管理するかという考えの元、人材に投じる資金も「費用(コスト)」として捉えられていました。
しかし、人材は成長し続けることが可能であり、価値創造の担い手にもなります。
また内部の人材登用だけでなく、外部からの採用も今後は増えてくるでしょう。
だからこそ、人材を「人的資本(Human Capital)」として捉え、「状況に応じて必要な人的資本を確保する」という考え方へシフトする必要があります。
マネジメントも必然的に「管理」から「価値創造」へと変わっていきます。人材に投じる資金は、価値創造に向けた「投資」となります。
(2)アクション
日本の人事部門はグローバルに比べると「価値提供部門」とはみなされない傾向があります。
実際に、人事部門は管理部門であると捉えられる傾向が強くなっています。(Globalが46%に対して、日本は60%にのぼる。)今までの「人事」から「人材戦略」へとシフトしていき、持続的な企業価値向上という最終的な目的からバックキャストして、短期だけでなく、中長期で戦える経営戦略に連動した人材戦略を策定・実行することが必要になってきます。
(3)イニシアチブ
従来は、人事部に任せっきりとなっていた人材関係も、経営陣(CEO、CSO、CHRO、CFO、CDO)のイニシアチブで経営戦略と紐づけ、取締役がモニタリングしていく必要がでてきます。
ここでも、経営と人事の連動性が非常に重要となります。
(4)ベクトル・方向性/雇用コミュニティ
従来は、雇用についてもある程度のコントロールを考えると、雇用のコミュニティは同質性が高く、人材の流動性も低く囲い込み型になっていました。
これからの人材戦略はそれを周りに浸透させていくために、ストーリーとしていくことが必要となってきます。一方的に伝えるのではなく、従業員や投資家と積極的に対話をし、理解の浸透を図っていく必要があります。
個人も企業もそれぞれが選び、選ばれるような関係を目指して、多様でオープンなコミュニティにしていく必要があります。
(5)個と組織の関係性
従来は、年功序列や同質的な人材になっていることに起因して、経営も個人も依存的な関係になっていました。必然的に硬直的な文化になり、イノベーションも生まれにくい企業体制となっていました。
今後は、自律型組織として、個人が自ら動き、互いに選び合いながらチームを組み、共に成長していく必要があります。そして、チームメンバーにも多様な経験を取り組む必要があるので、メンバーにも多様性が必要となってきます。そしてその多様性がイノベーションにつながっていきます。

第2章「経営陣、取締役会、投資家が果たすべき役割」
人材戦略の変革は、経営陣によるイニシアチブ、取締役会によるガバナンス、企業と投資家の対話の強化がカギとなります。
経営陣
企業理念・存在意義(パーパス)、経営戦略を明確化した上で、それと連動した人材戦略を策定し、実行しなければなりません。
実行にあたっては、CHROの役割とともに、経営トップ5C(CEO,CSO,CHRO,CFO,CDO)の連携も重要です。然るべきところへ、人材戦略を発信し、対話することも求められます。
取締役会
経営戦略の実現可能性という観点から、それと連動した人材と人材戦略が重要だということを念頭に、人材に関する議論を行います。人材戦略・経営戦略双方の目指す先が連動しているかを監督・観察し、適切な方向に導くことが求められます。
投資家
短期だけでなく、中長期で戦える人材戦略について、企業からの発信・見える化を踏まえた対話、投資先の選定をすることが求められます。
従業員
個人は企業の人材戦略に基づき、自律的なキャリアを自ら選択していく流れとなってきます。個人の自律的な成長と活躍および経営の変化への対応の両輪で、持続的な企業価値向上を実現していく事が可能となります。

第3章「人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素」
3つの視点
①経営戦略と人材戦略の連動
各社の環境が大きく、かつ素早く変わる中では、経営戦略と人材戦略、双方が連動しながら策定・実行することが重要です。
②As is‐To beギャップの定量把握
理想的な状態と現在の状態を客観的に比較する「As is‐To be」の考え方によって、戦略が連動しているかを定量的に把握する必要があります。そこで特定した課題毎にKPIを明らかにします。
③人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着
企業文化は、誰かに与えられるものではなく、日々の活動・取り組みを通じて醸成されるものです。日常から、企業理念、企業の存在意義(パーパス)や目指すべき企業文化を定義し、企業文化への定着に向けて取り組む必要があります。
人材戦略は個社性がある一方で、3つの視点から俯瞰することができます。
5つの共通要素
①動的な人材ポートフォリオ
現在の経営戦略の実現、変化を見越した将来的な目標から逆算する形で、必要な人材の要件を定義し、それを充たす人材を獲得し、育成していくことが求められます。
②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
個人の多様性を受容し、最大限に活かす事が企業の強みにもなります。多様な知識と経験を得られる機会を創出していき、外部の力も借りて、具現化していくことが必要です。
③リスキル・学び直し
事業環境の急速な変化、個人の価値観の多様化に対して、個人のリスキルと、スキルシフトの促進、専門性の向上が急務です。もちろん、企業の支援も必要となります。
④従業員エンゲージメント
新たな経営戦略の実現、新たな事業モデルへ匹敵する人材が自身の能力・スキルを発揮してもらうためにも、従業員が主体的に業務に取り組める環境整備が必要です。ギャロップ社の調査によると、日本の従業員のエンゲージメントは139か国中、132位とかなりの低位となっています。
⑤時間や場所にとらわれない働き方
いかなる時でも、安全かつ安心して働ける環境を普段から整えること。それが事業継続やレジリエンスの観点からも必要となります。
こうした、3つの視点(Perspectives)、5つの共通要素(Common Factors)は、3P・5Fモデルと呼ばれています。

人材版伊藤レポート発行後の反応
2022年5月に、伊藤レポート発行後の各社の反応や取り組みについて「人的資本経営に関する調査」として、経産省から発表されました。
そこでの現状については主に以下のような調査結果となりました。
人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素について、重要性の理解は進んでいます。
一方で、具体化していくことに遅れをとっている企業が多いことが窺われる結果となりました。
項目別では、「企業理念・存在意義・経営戦略の明確化」は進んでいても、 「経営戦略と人材戦略の連動」の取り組みが遅れている結果となりました。
さらに加えて、「投資対効果の把握」「動的な人材ポートフォリオ」「投資家との対話」「取締役会の役割の明確化」「経営人材育成の監督」の進捗も遅れています。
現場レベルになるほど進捗を感じない傾向にあることもわかっているので、経営陣から現場へ、もっと積極的に人的資本経営に関する方針を浸透させていき、検討を加速させていく必要がありそうです。
2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して、「人的資本に関する情報開示」を義務付けました。
それに伴い、日本でも上場各企業において人的資本の開示が義務付けられる可能性が高まってきます。
実際、政府は人的資本可視化の指針を2022年7月下旬から8月上旬に公表する(2022年7月28日時点未)といっていますので、それ次第で各企業に大きな影響があることでしょう。
ただ、政府が言おうと言わまいと伊藤レポートに書いてあることを実現できる企業は価値を提供し続ける企業になっていくと思われます。
今からでも、できることから一歩ずつ、人材を「人的資源(Human Resource)」から「人的資本(Human Capital)」につなげる取り組みをしていきましょう!
この記事を書いた人
栗林 陽
(株)TOASU DI室リーダー/チーフディレクター
大学卒業後、大手IT業界、海外経験を経て現会社へ入社。日本の継続的、健康的な成長を願い、企業向け研修の企画、営業に従事。その後、営業だけでなく0からの研修企画、作成が認められ、社内での新規事業のリーダー職を担う。現在は「チーム」へ向けた今までにないサービスを作成中。座右の銘は「少しでも良い社会のために」。本業の傍ら、地域活性にも参画。大学まで続けたサッカーは今でも毎週行っている。