DEIとは ~ダイバーシティへの取り組みが企業のパフォーマンスを向上させる~

DEIとは ~ダイバーシティへの取り組みが企業のパフォーマンスを向上させる~

「DEI」と聞いて、その内容について即答できる人はどのくらいいるのでしょうか?すぐに、「ダイバーシティです!」と言える方は、その分野に直接関わられているか、もしくは高い関心を持たれているかのどちらかではないでしょうか?

 ただし、その先の質問、すなわち、「では、DEIは実際にはどのように進めていけばよいのでしょうか?」と問われたときに、DEIが包含する3つの観点から課題を捉え、実践に向けての具体的なゴールとステップを企画設計・実施評価できる方は、かなり限られてくるのではないでしょうか?

 本稿では、DEIが昨今声高に論じられるようになった歴史的な背景に触れた後で、DEIがもたらす経済的な効果と機会について紹介します。そして、DEIが社会文化的な側面のみならず、企業経営の観点から述べられるとき、企業の持続的な成長と存続に与える効果について解説します。

ダイバーシティとは?

ダイバーシティの歴史的背景と法規制

ダイバーシティが脚光を浴びるようになった背景には、障がい者や性別、人種・宗教の違いがもたらす負の効果、すなわち、差別や不平等な扱い、そしてそれによって生じる当事者間の紛争などが挙げられます。 

直近の事例では、1990年後半から2000年初頭にかけて米国の金融業界において立て続けに起きたタイバーシティに関する訴訟問題があります(Dobbin & Kalev, 2016)。

2013年のバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチに対する性差別や人種差別に関する訴訟は15年にわたり約5億ドルの支払いを負わされることになり、ビジネス業界にダイバーシティの重要性を再認識させ、その積極的な取り組みを加速させることになりました(2016)。

国境を接している環境や、様々な人種や宗教を抱えている諸外国では、早くからこの問題に着手し、国連や米国政府などは、多様性を重んじる関連法案を設立・施行し、遵守を促してきました。

米国では、1960年までに民族的・人種的マイノリティーに対する差別への制裁措置が実施されるようになり、1960年代に入ると公民権運動の活発化に伴い、機会の平等が推し進められていきました。

1980年代から90年代にかけて、米国ではダイバーシティの管理と多文化主義が叫ばれるようになります。そしてその後は、多様性を認め、そのことを社会に活かすという「インクルーシブ」に重きを置き、交差性(intersectionality)と超国家主義(transnationalism)を唱えるようになります。

企業経営におけるダイバーシティ

しかし、多様性の問題を論じる対象として、障がい者や女性、人種・宗教などが頻繁に取り上げられがちです。実際には、上記以外にもダイバーシティの対象は存在し、その内容も様々です。

例えば、能力や経験の違いについてはどうでしょうか?マネジメントでよく話題に上がる研究開発部門とマーケティング部門の意思疎通の難しさのひとつには、それぞれの能力や経験の違いが考えられます。

また、世代間の断絶や考え方の違いについても、ダイバーシティの問題を捉える時に欠かせない対象のひとつです。企業経営の観点からは、いわゆる「Z世代」にとっていかに魅力的な会社作りに努め、成長・活躍の場を提供できるのか、ということが論点として挙げられます。

ダイバーシティの属性と関連性

一般的に、DEIは社会システムにおける属性や関連性として捉えられています。米国務省・教育文化局はダイバーシティに関する声明文を次のように出しています:

「当局は従来的に少数派グループ出身の人々が当局の給付金を得て、プログラムや他の活動に参加し、労働力となり職場で活躍することを求め、奨励します。機会は全ての人に開かれており、人種や肌の色、国籍や性別、年齢、宗教、地理的場所、社会経済的状況、障がい(肉体的、もしくは精神的)、性的指向、あるいはジェンダー・アイデンティティ(性自認)による差別はありません。当局は公平性、公正性、そして包摂性(インクルージョン)に取り組んでまいります。」(米国務省、2023)。

DEIの定義が上記の声明文に集約されていますが、これを企業経営の分野に落とし込みますと、それぞれの属性や関連性は下記の内容(表1)が考えられます(Albaugh, 2017)

表1:企業経営におけるダイバーシティの属性と関連性 出典:Albaugh, M. (2017)を参考に作成

ここで重要なことは、上記に挙げられたそれぞれの属性や関連性は、ダイバーシティの問題や課題を考察する上で、往々にして複雑に絡み合っているという事実です。近現代の米国のインクルーシブな動きとして先述しました交差性や超国家主義に示されるように、ダイバーシティの問題や課題解決には、複雑化・複合化する社会・組織構造を踏まえて横断的に捉える必要があります。

ダイバーシティに対する色眼鏡と日本

ダイバーシティの日本へのフレーミング

ダイバーシティの定義を多面的・複合的に、そしてその課題を横断的に捉えることが出来た時、そのことを社会文化的な側面からビジネス的な側面へ、そしてさらに日本の状況に当てはめますと(フレーミング)、どのようなことが見えてくるのでしょうか?これに関する2つのエピソードがあります。

■エピソード1:米国大学管理職の女性から見た日本の多様性
 先月、東京ペニンシュラホテルにて拙著の母校でもある米国ノースウェスタン大学の卒業生同窓会が開かれました。丁度自分が座っていた円卓テーブルの隣に来られた米国本国の大学の管理職の女性の方との話に花が咲き、その延長でDEIの内容について議論していました。

その際に彼女から、「日本ではどのようにDEIを推進しているの?」という質問を受けました。「どういうこと?」と聞き返すと、「だって、日本って単一民族(homogeneous)でしょ?どうやって、あなたたちはこの問題について向き合い、理解・実践できるのか、興味があるの」ということでした。

当方も西海岸から中西部、そして東海岸と米国に滞在し、勉学・仕事などを通して、ダイバーシティを日々目のあたりにしてきたこともあり、この質問は大変的を得たものと「錯覚」しました。たしかに、日本と違い、米国では、たとえば家から出て、学校に通うならば、居住区(ブロック)ごとに人種や宗教、所得の違う人々が暮らしている現状を目の当たりにするからです。

さらに、教室や職場に行けば、そのことは一層明瞭です。私のようなアジア人はマイノリティーで、マジョリティーに属する白人から黒人、ヒスパニック系、ラテン系など、さまざまな人種の人が学び、働いている様子が当たり前のように広がっています。
日本では上記の様な光景を日々目にすることは大変稀な話です。とくに地方都市や田舎に行きますと、そのことはさらに顕著になります。

■エピソード2:日本の中小企業の役員から見た日本の多様性
次のエピソードもその「単一性」という、ダイバーシティに対する色眼鏡の弊害を示しています。

関西を拠点にしている中小企業の役員の方が、「ダイバーシティ自体には関心はあるけれども、当社としては、売上の全てが国内だし、従業員も全員日本人なので、会社としてはDEIの研修とかは必要ないかなぁ」と話されていました。
 これは確かにごもっともな話です。一見しますと、民族的には「日本人」で、「マーケット」も日本人です。ですので、それだけに注力しますと、DEIは関心の対象外と言えます。

では、実際のところ、これらのストーリーにおけるそれぞれの見方は本当に理に適っているのでしょうか?

ダイバーシティの課題の複雑性・複合性

複雑性・複合性=(二次元)X(属性・関連性の数)

先述の「色眼鏡」についてですが、拙著が米国ノースウェスタン大学の大学院時代に研究をしていた際に、同大学の教員でもあるミッシェル・オールバー博士は、ダイバーシティの問題には「表層レベル(Surface-level)」と「深層レベル(Deep-level)」の2つの属性があると論じていました。

①表層レベル属性
比較的容易に探知しうる、ジェンダー、年齢、民族などのデモグラフィックの相違。

②深層レベル属性
比較的視覚的に捉えづらく、知識や仕事に関連する潜在意識下の相違。具体的には、職歴や学歴、認知スタイルなど。

  この二次元の属性を踏まえますと、先述のエピソードで示されていたダイバーシティの対象は、日本という国家の成り立ちと歴史的背景から「比較的容易に探知しうる」民族や人種だけではないと言えます。

深層レベル属性から捉え直す日本のDEIの課題

また、未来社会の一構成員として日本を捉え直しますと、急速なデジタル化が進み、グローバルの依存性の高まりと同期する形で、日本という「単一性」にも揺らぎが生じ、社会課題自体が複雑化・複合化してきていることは紛れもない事実です。

とくに企業組織において、様々な経験や能力を有した個人やコミュニティ、さらに異なる世代をどのように束ね、チーム、そして組織として最大限の効果を発揮できるのか、という「深層レベル」的視点から企業経営の課題を捉え直しますと、DEIは日本(企業)にとっても重要課題と言えます。

現在、米国の研究機関では、目に見えづらい「深層レベル属性」を、チームパフォーマンスに影響を及ぼす主要因として仮説を立て、その実証研究が盛んに行われています(Albaugh, 2017)。

組織におけるダイバーシティの実践と評価

ダイバーシティの認識に及ぼす組織的影響

では、実際に企業、すなわち組織は多様性や構成員の認識にどのような影響を与えるのでしょうか?言い換えますと、いかにして組織はその構成員が、「自分の属している組織は多様性を受け入れているし、自分のことを認めてくれている!」と感じさせることが出来るのでしょうか?

 オールバー博士によりますと、「組織内のあらゆるグループ(チーム)が組織内に存在する様々なグループ(コミュニティ)メンバーを取り込む時」、としています(2017)。このことは、組織がいかにダイバーシティを推進しているかを評価する各指標を見てみることでより明確になってきます。

DEIの評価指標 ~人材配置~

DEIを「人材配置」の視点から評価する指標については下記のとおりです(Albaugh, 2017)

 ・いくつのグループ(コミュニティ)がその組織の構成員となっているか?
 ・各グループ(コミュニティ)からそれぞれ何人がその組織の構成員となっているか?
 ・各グループ(コミュニティ)がどのくらい組織のそれぞれの階層構造にわたって構成員として活躍しているか?

 それぞれの指標の意味するところは、ダイバーシティを認識した上で、企業組織はどのようにして経営・戦略面にダイバーシティを反映していったらよいのか、という点についてです。
 すなわち、組織としてそれぞれのグループの差異を認識し(D:ダイバーシティ)、その前提の下でそれぞれのグループを公平に(同等ではなく)扱い、公平な機会を提供し(E:エクイティ)、企業活動に活かしていく(I:インクルーシブ)ことを目指し、そのプロセスとシステムを評価しているのです。

DEIの評価指標 ~製品開発~

DEIを「製品開発」の視点から評価する指標については、Google社の開発フェーズの例が参考になります(Jean-Baptiste, 2020, p. 113)

■製品
 ・何が導入されているか?
 ・どのような必要性に取り組まれているか?
 ・製品開発ポリシーはインクルージョンを推進するにあたり変更する必要はあるか?

■人・社会との関係性
 ・この製品は誰のためのものか?
 ・どのような人・社会が見落とされていた可能性があるか?
 ・どのようにして当該製品が異なる社会や文化を反映し、代表していないのか?
 ・2つ以上の言語にてサポートされる必要があるか?
 ・関連するダイバーシティの属性と交差性について考慮されているか?
 (年齢、能力、文化、教育、読み書き能力、性自認、地理的場所、所得、社会経済的地位、言語、人種、民族、宗教的信仰、性的指向、科学技術、知識、スキル、など)
 ・社会的に過小評価されているグループ・コミュニティ出身のインクルージョン擁護者からのフィードバックは得ているか?

 ■アクセス
 ・どのようにしてこの製品は特定の人々・コミュニティに対して利用やアクセスが限定されてしまったのだろうか?
 ・どのようにしてこの製品、インフラの限界性、政策が特定の人々・コミュニティを除外してしまうのだろうか?

 ■利用可能性
 ・障がいを持つアメリカ人法(ADA)の要件と指針を考慮しているか?
 ・利便性以外のことも考えているか?
 ・誰がこの製品を使用することが出来ないかもしれないか?
 ・デザインについては利用可能性を推進しているチームと再検討しているか?

 上記の指標は、ダイバーシティの観点から人材が適切に配置された上で、実際に製品開発プロセスの各段階でDEIを取り込んでいく際のチェックリストとなります。

DEIの課題への取り組み=ビジネス機会の創出!

米国における調査結果

では、実際にダイバーシティを認め、公平に機会を与え、企業活動に活かしていった組織はどのような成果(パフォーマンス)を上げてきたのでしょうか?

 ここに米国で実施された興味深い調査があります(Albaugh, 2017)。2009年に506の民間企業に対して行われた調査によると、人種やジェンダーにより寛容な企業は、そうでない企業と比較して、より多くの売上を計上し、より多くの顧客を抱え、そしてより多くの利益を得ているというのです。

 また、2011年に実施された調査では、より広範囲にわたる学歴と職歴を有する経営者層を抱えている企業ほど、より革新的な製品を生み出していることがわかりました。

 さらには、2016年に91ヶ国における20,000社以上にわたる企業に対して実施された調査によりますと、経営幹部層により多くの女性を抱えている企業ほど、より多くの利益を出していることが判明しました。

コーン・フェリー社報告書

もちろん、これらの調査結果は、決して一過性・局所的なものではありません。米国経営コンサルティング会社、コーン・フェリー社が2020年にまとめた報告書『インクルーシブ・リーダーの5つの規律』には、DEIは企業のパフォーマンスを最大化させるものとして結論付けています(図1)。

図1:DEIの取り組みによる企業のパフォーマンス向上 出典:Korn Ferry (2020)を参考に作成

上記の様な成果が見られるのは決して偶然でもなければ、不思議なことでもありません。最後に、拙著が所属し研究活動を行っている米国ペンシルバニア大学教育大学院に講義に来られた、アニー・ジャン=バティストさんの著書に引用されている図をご紹介いたします。

DEIの視点から探る未曽有の未開拓市場

アニーさん(同大学卒業生)は現在、Google社ダイバーシティ&インクルージョン部署のトップで、その傍らに執筆した著書『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン』(ビー・エヌ・エヌ社、2021年9月)に、DEIの観点から未開拓な潜在的市場についてまとめた図を掲載しています(図2)。

図2:DEIの視点から見た世界の未開拓市場規模 出典:Jean-Baptiste, A. (2020)を参考に作成

図2で示されていることは、企業がDEIに着手し、企業経営と活動に取り込む努力を続けるならば、それはそれぞれの未曾有の潜在的市場を開拓することに繋がり、当該市場に向けた具体的な商品やサービスへのアクセスと開発に効果を発揮することが期待されることを意味しています。

 だからこそ、オールバー博士やコーン・フェリー社がまとめた調査結果のように、DEIに積極的に取り組んでいる企業はパフォーマンスの各指標において成果が見られたのです。

まとめ

 本稿では、DEIとは何か?という定義や歴史的背景を述べた後で、企業経営の観点からダイバーシティはどのように捉えてきたのか、そして実践されてきた結果としてどのようなビジネス的な成果(パフォーマンス)が得られるのかについて述べてきました。

 DEIをビジネスの実践に活かした成功事例やそのことを可能にさせる組織変革やデザイン、タスクフォース・チーム、自己管理型チーム、メンタリングなど、具体的な施策やインターベンションが多々あります。

 とくに組織におけるDEI促進においては、階層構造の組織にみられる命令と統制に頼るのではなく、DEIの障壁となるバイアスや偏見を理解し、分断されたコミュニティの連携を促し、動機づけを与えることで自発的な変革へと導いていく「インクルーシブ・リーダー」の存在も欠かせません。

 次に執筆する機会にでも後編としまして、それらの内容に具体的に触れたいと思います。

【このライターが書いた他の記事】グローバル・リーダーとは?– 『人材の時代』におけるグローバル人材戦略-グローバル・リーダーとは? – 『人材の時代』におけるグローバル人材戦略-|ピックアップ記事|社員研修・企業研修のトアス (toasu-gakken.co.jp)

この記事を書いた人

横井 博文

TOASUパートナー講師/ 東京大学助教授、岡山大学教授歴任

大学卒業後、自動車業界、外資証券を経て渡米。帰国後、社会イノベーション推進を掲げ、国内外で起業。東京大学助教授、岡山大学教授(特任)に就任、グローバル人材育成を推進。グロービス経営大学院 外部講師。
現在は、米国ペンシルバニア大学教育大学院博士課程に在籍。
ヒトと組織のラーニングを高める理論と実践に関する研究を続けながら、L&DやDEI関連のコンサルティング・研修業務に従事。

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