インクルーシブ・リーダーとは~インクルーシブ・リーダーの特性と能力~

インクルーシブ・リーダーとは~インクルーシブ・リーダーの特性と能力~
出典:米国ノースウェスタン大学教育社会政策大学院(2016)「ラーニング・組織変革専攻の学生との集合写真」

グローバル化にともない、企業活動における特定の商品やサービスが従来ターゲットとして販売・提供していた特定の地域や対象を越えるようになりました。それに伴い、リーダーには新たな役割が求められるようになってきています。

すなわち、企業活動がグローバルに展開していくにつれてもたらされる、新たな人財とその人々から影響を受ける多様な見方や価値観は、統合的な人財戦略やエンゲージメント、さらには新規市場開拓や持続成長の観点から重要な意義を呈しています。

多様性、すなわちダイバーシティを企業経営の観点から具体的に反映し、実践に移し、その有効性を示す役目を担うのが、「インクルーシブ・リーダー」です。本稿では、新しい(未来の)リーダーの資質の要とも言える、インクルーシブ・リーダーシップについて紹介します。

インクルージョンとは?

ダイバーシティとインクルージョンの違いとは?

ダイバーシティの話に合わせて必ず話題に上がるのが「インクルージョン」。この二つの違いについて簡単に述べますと、ダイバーシティは「ミックス」そのもの、インクルージョンはそのミックスを作用させること、と捉えられます(Battle, 2021)。

 ミックスは、人間の相違や類似のすべてを包含するもので、とくに自己認識(アイデンティティ)や経験的知識に基づいた多様性を指します。インクルージョンは、多様性がもたらす力を引き出すことと解釈できます(2021)。

インクルージョンに対する2つのアプローチ

この多様性、すなわち、ダイバーシティを引き出すには2つのアプローチがあります。1つは、人に焦点を当てた行動科学的な観点が挙げられます。その人がいかにインクルーシブなものの見方や考え方、関連のスキルや人間関係を有しているかどうか、がその問いとなります(2021)。

 2つ目には、構造上の観点が挙げられます。組織として、ダイバーシティを実践に移すために、公平で(単に平等ではなく)透明性の高い組織構造やプロセスが構築されているかどうか、がその具体的な問いになります(2021)。  本稿では、主に1つ目の人に焦点を当てた行動科学的な観点、すなわち、「インクルーシブ・リーダー」について解説します。

インクルージョンから求められる新リーダーとは?

企業が直面しているダイバーシティに関する課題

日本に関して述べますと、少子化の影響を受けて若手人材の採用や確保が年々困難になってきています。そうした社会問題を受けて、企業では「いかにして若手人材にとって魅力的な職場をつくり、仕事にやりがいを感じてもらうことができるのか」、が重要な課題となっています。

 このことは、企業の人財育成という観点を越えて、社会全体に目を向けますと、若手人材、すなわち、Z世代のような社会を構成する属性が、他にも多々あることに気がつきます。国籍や人種、民族や宗教、ジェンダーや社会経済的地位など、枚挙にいとまがありません(図1)。

図1:ダイバーシティの属性と分類/出典:コーン・フェリー社 (n.d.) を参考に作成(https://www.kornferry.com/content/dam/kornferry/docs/fact-sheets/taste-of-dandi_factsheet.pdf)

企業側は、グローバル化の対応の1つとして、そうした様々な属性を複合的に持つ人が、大切にされ、尊敬され、そして安心だと感じることができるような、贔屓のない公平な職場環境づくりを積極的に行うことを目標として掲げるようになりました。

ダイバーシティとインクルージョンを推進する際の懸念事項とは?

コーン・フェリー社のアンドレス・T・タピア氏(2020)は、ダイバーシティとインクルージョンに関する具体的な懸念事項について、以下の様にまとめています。

◇今まで開拓したことのない「タレントプール」(優秀な人財の情報を蓄積したデータベース)から、どのようにして最適な人財を確保できるか?

◇すべての人財、すなわち、女性や異なる人種、民族、そして社会経済的地位の人々、身体機能や認知能力、性的指向、そして人格の異なる人々などが、いかにして彼らの潜在能力を最大限に発揮し、経営層まで昇り詰めることができるよう導くことができるのか?

◇どのようにして、従業員の多様性が増していくにつれて引き起こされる複雑性が、決して破滅的な衝突に導くものではなく、むしろその衝突にうまく対処することに繋がっていくのか?

◇ダイバーシティをどのように最適化すれば、イノベーションや組織の成長を一層促すことができるのか?

◇組織のダイバーシティをどのように活用すれば、未開拓の多様な消費者や市場にリーチし、彼らにとって意味のあるものとして前向きに受け止めてもらうことができるのか?

これらの質問に答え、行動に移すためには、従来のようなビジネスプランを確りと練り、実行し、不確実や曖昧なビジネス環境から従業員を守ることに注力するリーダーシップでは、もはや適したものとは言えません。すなわち、新しいリーダーが必要なのです。

インクルーシブ・リーダーの必要性

では、「新しいリーダー」とは一体どのようなリーダーを指しているのでしょうか?「未来のリーダー」について提言しているマーシャル・ゴールドスミス博士(2018)の定義を拝借しますと、下記の対照表のようになります(図2)。

図2:過去のリーダーと未来のリーダーの比較  出典:Goldsmith, M, et. Al. (2018) を参考に作成

ゴールドスミス博士は、未来のリーダーを一言で、「ファシリテーター」であると述べています(2018)。このことは、先述のタピア氏(2020)も「インクルーシブ・リーダー」のことを、同様に「ファシリテーター」であり、「コラボレーター(協力者)」であると称していることと合致しています。実際に、ゴールドスミス博士(2018)が定義している未来のリーダーと、タピア氏(2020)が列挙しているインクルーシブ・リーダーのそれとを比較検証しますと、ほぼ同義になっています。

このことから、新しい(未来の)リーダーの必要性とは、まさにインクルーシブ・リーダーの必要性であると言えます。では、インクルーシブ・リーダーの必要性とは、企業経営、ならびにビジネスの成長の観点から、どのように導き出されるのでしょうか?

タピア氏(2020)は、インクルーシブ・リーダーは組織的な成長を促すための重要な責務を担っているとして、必要性の因果関係を次のようにまとめています(図3)。

図3:インクルーシブ・リーダーの必要性  出典:Tapia, A., & Polonskaia, A. (2020). を参考に作成

インクルーシブ・リーダーとは?

インクルーシブ・リーダーの特性

では、インクルーシブ・リーダーはどのような特性を有し、どのような規律に従って行動している(すなわち、インクルーシブ・リーダーシップのための能力を有している)のでしょうか?まず、特性に関して、タピア氏(2020)は次の5項目を挙げています。

①真正性(authenticity):
 真正性を得た人は、謙遜に振舞い、自我を捨てていることから、対峙する信念や価値観、見方に直面したとしても、信頼を築き上げることができる

②感情的回復力(emotional resilience):
 相違にみられる逆境や困難に直面しても、平静さを保つことができる

③自己確信(self-assurance):
 自信と楽観的な心構えを有している

④知的好奇心(inquisitiveness):
 相違に対して寛容で、好奇心があり、他者の気持ちを理解できる

⑤柔軟性(flexibility):
 曖昧なことに関して寛容であり、様々なニーズに適応できる

インクルーシブ・リーダーの能力

これらの特性は、インクルーシブ・リーダーにとって重要な基盤であり、必要条件ですが、もちろん十分条件ではありません。 コーン・フェリー社の実証研究によりますと(Tapia, 2020)、インクルーシブにリーダーシップを発揮するためには次の5つの能力が十分条件として求められると示しています。

①対人関係において信頼を築く:
 正直でやり遂げる力があり、自身と異なる見方を尊重しつつも、
 共通点を見出すことで、良好な関係を築くことができる

②多様な見方を統合する:
 あらゆる見方や他者のニーズを汲み取り、対立が起きている状況を巧みに操り
 正しい方向へ導くことができる

③人財を最適化する:
 他者のやる気を引き出し、彼らの成長を支援する一方、
 相違が見られる中で協働して集団としての成功をおさめることができる

④適応性のある考え方を実践に活かす:
 広範な世界観を有し、状況に合わせて取り組み方を変え、相違性を有効に活用し
 変革を起こすことができる

⑤変容をもたらす:
 自ら進んで困難な分野に対峙し、様々なバックグラウンドを持つ人々を抜擢し、
 結果を出すことができる

上記の5つの能力は、個人、チーム、そして組織の3つの次元の中で、それぞれどの次元に影響を及ぼすのでしょうか?「対人関係」に関しては、個人に対して影響を及ぼすものと考えられますが、「多様な見方」や「人材を最適化する」ことに関する能力は、チームや組織に対しての影響が強いとされています(Tapia, 2020)。 また、最後の「適応性のある考え方」や「変容をもたらす」能力につきましては、組織に対する影響が大きいものと考えられています(2020)。

まとめ

本稿では、インクルージョンに対する2つアプローチの内、人に焦点を当てた行動科学の観点からインクルーシブ・リーダーとしての特性と能力について理解を深めてきました。しかしながら、実際のところ、どのようにしてインクルーシブ・リーダーシップを習得し、実務に反映し、組織の変化とビジネスの成長を促していくことができるのでしょうか?

すなわち、この問いこそが、インクルーシブ・リーダーシップ開発について問うものになるのですが、その中にはもちろん個人に焦点を当てた「ダイバーシティ研修」や「バイアス管理研修」、「メンタリング」や「エグゼクティブ・コーチング」などが含まれています。  

さらには、インクルージョンのもう1つのアプローチである組織構造の観点から、ダイバーシティに関するタスクフォース・チームの形成や関連プロジェクトの立ち上げなどを通じて、組織全体に戦略的にインクルージョンを推進し、浸透させていく方法などがあります。

次の執筆の機会では、「インクルーシブ・リーダーシップ開発」について、バイアスの管理の仕方や関連の実践的な研修内容、そしてその効果と課題点について説明したいと思います。  また、インクルーシブ・リーダーを育み、企業経営や活動に「DEI」を反映できる組織的な取り組みについても、IBM社などの事例を踏まえて詳説する予定です。

この記事を書いた人

横井 博文

TOASUパートナー講師/ 東京大学助教授、岡山大学教授歴任

大学卒業後、自動車業界、外資証券を経て渡米。帰国後、社会イノベーション推進を掲げ、国内外で起業。東京大学助教授、岡山大学教授(特任)に就任、グローバル人材育成を推進。グロービス経営大学院 外部講師。
現在は、米国ペンシルバニア大学教育大学院博士課程に在籍。
ヒトと組織のラーニングを高める理論と実践に関する研究を続けながら、L&DやDEI関連のコンサルティング・研修業務に従事。

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