
目次
医療業界の今
我が国の医療水準が高い理由
我が国の医療について、世界レベルで見ても非常に高水準に保たれている大きな要因の一つに、フリーアクセスという制度があります。
私たちには、一人一枚の被保険者証(一般的には保険証と呼称される)があれば、医療機関を自由に選択でき、いつでもどこでも誰でも窓口負担のみで受診できる仕組みがあります。セカンドオピニオンなども積極的に活用され、これは諸外国と比べても非常に優遇された日本の社会保障制度の一つと言え、国民一人ひとりの生活を守ることに直結していると言えます。
結果、我が国の医療水準がとても高く評価される要因となっていると言えます。
我が国の医療業界における課題
しかし、一方ではその気軽に受診できてしまう社会構造が故に、我が国の財政圧迫に繋がっていることもまた課題の一つと言えます。
また、軽傷者の受診が増えることにより、本当に必要な人に医療が届けられずに、医療機会の公平性が担保しづらくなっているのもまた事実です。
このようにして、医療現場が困憊してしまう要因となることもまた大きな課題の一つと言えます。

医療機関の課題
複雑な医療コミュニケーション
図 2情報化社会において「情報を適切に判断し、情報を通じて決定を下す能力」を高めることが課題解決の一助になる

まず、非常に緊急を要する問題提起として、医師不足・医師偏在・医療機関不足などの医療格差を是正し、医療従事者の働き方を改善することが最も重要なことだと言えます。
医療におけるコミュニケーションは非常に専門性が高く、医療従事者と患者等の様々な関係性の間に情報の非対称性が生じやすいという課題を抱えています1)。これは世界共通の医療コミュニケーションの課題のひとつであり、先進国と発展途上国の間だけでなく、日本国内でも都市部と過疎地の間でも情報リテラシーによる医療格差を生んでいます2)。
まさに早急に医師不足・医師偏在・医療機関不足などの医療格差を是正しなければ、日本の医療における安心安全神話が崩壊するきっかけになりかねません。
医療過誤
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の調査によれば、「アメリカでは毎年、25万人以上の人が、医療過誤によって死亡している」と発表されており、死亡原因の1位:心臓疾患、第2位:癌に次いで、第3位がこの医療過誤となっている現状があります3)。
このような緊迫した状況になっている要因として、医療現場スタッフの技術不足や医師の判断ミス、または医療機関としての様々な制度が欠如していることがこの問題をより深刻化させています。
このように、世界の医療は、我が国でも同様に現在とても深刻な問題を抱えています。この課題解決のためには、とても複雑な医療教育から目を背けることができません。
医療機関の教育課題

On-JTの限界
医療教育・医療修練は、実際の医療現場で職務と並行して行われるOn-JT(On-the-Job Training)が基本で、特定のスキルを身につけるトレーニングが常になされています。しかし、On-JTでは経験の機会や症例数、時間的制限や設備などにより、習得できる技術とその技術精度に優劣が生じやすいのが現状です。
また、実際の現場では経験に基づく暗黙知も多く、患者の安全性と診断治療行為の正確性が最優先されるため、On-JTには限界があると考えています。
まさに、ベテランスタッフによる経験という「感覚値」による育成が主となることで、感覚値から生まれる「曖昧さ」が教育の軸となってしまいます。
医療現場における教育において、医療過誤や事故を減らすためには、チームにおける共通言語化をしっかりと行うことが必須です。 このように、現場から曖昧さを無くすことは、ミスコミュニケーションの起因となる芽を詰み、医療過誤・医療事故を防ぐことに大きく寄与します。
Off-JTの限界
また、座学・知識習得に関するOff-JT研修(Off-the-Job Training)の場においても、上司側・職場側が一方的に研修演目を与えているのが現状であり、この学習スタイルにおける構図は学校教育と全く同じ構図になっていると言わざるを得ません。
確かに、身につけてほしい技術や知識に関して、教育者側がその機会やプログラムを設計するのは当然のことであり、それこそが社員教育がしっかりしている証拠だと言え、評価されてきました。
しかし、そのようなスタイルだけで彼らが素晴らしい医療従事者になっていくことができるかといえば、答えはNOです。
学校と同様の教育スタイルでは、新人はいつまで経っても受け身であり、自分で考えて行動することができなくなってしまいます。
医療教育におけるパラダイムシフト
医療現場では、特に1〜3年間ほどはOn-JT・Off-JTの研修を通じて、課題や目標管理が必要となります。
命を扱う医療現場では、決してミスが許されることはありません。よって、簡単に自信などつけてもらっても困ります。新人スタッフが「まぁ、こんなもんか」という安易な気持ちで現場に立つことは、医療従事者として許されず、患者の生命を脅かすことにつながります。場面や状況に応じて、非常に厳しく教育していく必要があるのもまた事実です。
しかし、一方で「何もできなくて当たり前、高いレベルを求めない」というように、「新人は何もできない」という固定概念を私たち教育者が払拭する必要もあります。まさに教育におけるパラダイムシフトが必要です。
学生時代はまだまだ子ども扱いが許されましたが、彼らは医療における高度専門職の資格保持者であることを忘れてはいけません。新人を、子ども扱いしすぎてもいけません。
そのような環境下ではいつまで経っても成長することが難しく、医療技術の向上の限界を感じずにはいられません。
教育に必要なこと

教育の目的
教育の目的とは、一体なんなのでしょうか。
答えは、一つ。それは、「自律」です。自律することが、教育の一番の目的です。
先述の通り、学校スタイルでの教育とは、例えるならば、生徒が授業中にスマホをいじっていようが、居眠りしていようが、相手が全然やる気がない状態でも、先生が授業を一方的にやり切ってしまえば、一応は何となく成立してしまいます。
さらに、宿題やテストで理解度を確認して最初から最後まで教える側が主体的となって一方的に与え切ってしまうことは、教育という定義として完結してしまいます。
何もかもを与えまくることによって、与えられることが当然だと思ってしまった新人や若手は、自分が飛び越えるべきハードルを自覚することもできなくなってしまいます。
これでは、とても自律など不可能でしょう。
教育に必要なこと
教育者は、新人や若手などに対して与えなければならないことがあります。
それは、「機会」です。
それも、新人や若手が自ら超えるべきハードルだと認識できる「機会」です。
個人の人生観や価値観を持っている大人というものは、頭では相手の言っていることが正しいと思っていても、心から納得して自分がその気にならなければ、信じて受け入れて行動することはできないものです。
大切なことは、相手を一人の人間として接し、新人や若手が超えるべきハードルをタイミングよく置くことに尽きます。
ハードルの飛び越え方や踏み切るためのスピードについては、本人が考えるべきことであり、もしそのハードルを越えられなくて転んでしまっても、本人が大怪我をしたり患者に莫大な被害が出たりしないのならば、時にはグッと堪えて見守ることも必要でしょう。
つまりは、カリキュラムをこなすことを目的にするのではなく、新人・若手スタッフ本人の問題解決を「目的」にすることがとても大切なのです。
教育レベルを上げる
「この新人には、きっとまだ早いだろう』と決めつけてしまわず、教育レベルはどんどん向上させる必要があります。
例えば
◆入院受けを積極的に実施させる
◆受け持ち患者の人数を増やして、重症度をあげる
◆とにかく複雑な疾患を診させる
◆上司からのフォローレベルを積極的に下げ続ける
など、新人スタッフ自身が頑張らないと越えられないハードルを置いたならば、それをどうやって乗り越えるかはいったん任せてみるのも手です。
しかし、新人スタッフからの質問にはどんどん答えましょう。
新人スタッフが転んだら、しっかりメンタルごとケアしてください。もし仮に失敗した場合、早急にリカバリーしましょう。失敗しないように準備することはもちろん大切ですが、失敗した後のリカバリー力を鍛えることはもっと大切です。
これを何度も何度も繰り返して、ハードルを自分で超える成功体験を積極的に体感させることがとても大切です。
まとめ

医療の現場は、とても複雑なコミュニケーションで成立しています。だからこそ、ミスコミュニケーションを起因させないためにも、日々日頃から共通言語化をしっかりと行い、過誤や事故を未然に防ぐことがとても大切です。そのためにも、研修等の教育の質には徹底的にこだわりを持って実施していくことがとても重要です。
命の現場では、チーム力がとても大切です。そのためには、複雑な医療コミュニケーションを充実させる取り組みを組織の中で開発していってください。
この記事を書いた人
外川 大由(Hiroyoshi Togawa)
大手経営コンサルティング会社を経て、オランダにてコンサルティング会社を設立。
東京大学大学院工学系、帝京大学冲永総合研究所での研究員のキャリアを持ち、医療コミュニケーションの研究を専門的に行う。
「人の才能が開花する瞬間に立ち会う」をミッションに掲げ、医療機関のコンサルティング・研修は年間250回を超える。
著書ラストピースマネジメント(介護業界初のマネジメント小説本)は、Amazonランキングで二部門1位を獲得。