インクルーシブ・リーダーシップ育成の取り組み ~ダイバーシティ研修は効果あるの?

インクルーシブ・リーダーシップ育成の取り組み ~ダイバーシティ研修は効果あるの?

ダイバーシティ研修は本当に効果あるのでしょうか?

私自身、ダイバーシティの研修を企画し、各法人のお客様にご提案差し上げ、研修を行っていることを考えますと、「いまさら何を言っているんだ!」という読者の方も多いかと思います。しかしながら、ビジネス界におけるダイバーシティの課題に対する悲痛な想いと、女性やマイノリティー出身者に対する搾取や抑圧という困難な歴史を紐解きますと、この問いを投げかけることは、研究者や実業家を始め、多くの方々が避けては通れないものでした。

現在もなお、私も含めて、その解決への糸口を見出そうと問題の根底に向き合い、取り組んでいます。

出典:Northwestern University (2017)「米国大学院の『組織デザイン』に関するワークショップの一風景」

ダイバーシティ研修の黎明期 ~研修の実践と成果を振り返る~

ビジネス界とダイバーシティの実践

ビジネスの世界でダイバーシティに関心が出始めたのは、1990年代後半から2000年初頭にかけての頃と言われています。
この時期は、全米の金融業界に対してダイバーシティ(とくに性差別)問題に関する数々の訴訟問題が勃発したためです。モルガンスタンレー証券やメリルリンチ証券など、数十億から数百億円にものぼる賠償金を支払うことになりました。
これを受けてウォール街の各投資銀行は、こぞってダイバーシティ関連の研修プログラムを企画実施するようになります。

ダイバーシティ研修の成果

それでも、その後の効果については懐疑的な見方もありました。例えば、米国の商業銀行でマネージャーのポジションについて見てみますと、ヒスパニック系の割合は、2003年から2014年にかけて4.7%から5.7%と微増にとどまっています(Dobbin & Kalev, 2016)。
また、白人女性の割合は39%から35%、黒人の割合は2.5%から2.3%(Dobbin & Kalev, 2016)と、こちらについてもあまり改善されているとは言えません。シリコンバレーに目を向けてみましても、未だに白人男性の起業家が大部分を占めています。

ダイバーシティ研修の検証

先述の事実からも明らかですが、2000年初頭以降に各企業がダイバーシティ・プログラムを立ち上げ、組織内外における多様性の理解と浸透を掲げたものの、際立った効果は得られていません。
原因として挙げられたことは、これらのプログラムが1960年代に実施された企業経営的なアプローチを未だに踏襲しているからです。
職場での様々なバイアスを取り除くための研修、採用や昇進時にバイアスを極力避けるために実施される採用試験や業績評価、さらには従業員が上司に対して「モノ申す」ことのできるシステムの導入などは、経営者側から見れば、将来的な訴訟回避のための手段に過ぎません。

ダイバーシティ研修の課題

そして、その後の実証研究から明らかになったことは、これらの取り組みの結果として、バイアスを根絶するどころか、バイアスを誘発させてしまうことに繋がってしまったことです。
つまり、ダイバーシティを推進する際に、「○○○のように考えなければならない、だから○○○の行動をとらなければならない」という、トップダウン的かつ、教育指導的なアプローチが、関連の具現化された行動規範や規則と相まって、よりその統制と縛りを強めることになりました。
そのことが従業員(とくに中間管理職)にとっては、あたかも自分の存在が否定され、自身の行動についても非難され、辱めを受けているような感覚を覚えることになったのです。
人々がさらに自身の自由を求めて反発するようになった(すなわち、自身のバイアスを積極的に肯定するようになった)のは、ある意味当然の成り行きとも言えます。

ダイバーシティ研修の過渡期 ~今後の研修の実践と成果について考察する~

研修内容は忘れ去られてしまう

「研修を受けたらバイアスをなくすことはできるのか?」― 歴史を紐解きますと、実はこの問いに対して答えるために、第二次世界大戦以前から何千という数の実証研究が行われていたのです。
興味深い事実としまして、被験者はバイアスに関するアンケートには正しく回答するものの、すぐにその正答を忘れてしまうという結果が報告されています(Dobbin & Kalev, 2016)。一体、どういうことなのでしょうか?
つまり、ダイバーシティ研修を受講しても、一両日中に学んだことを忘れてしまうということです。さらに悪いことには、バイアスはすぐに露見され、反動はより大きくなるという結果が報告されています(Dobbin & Kalev, 2016)。
そのような期待に反した成果しか見られていないにもかかわらず、米国のフォーチュン500企業のほぼ全社と、中小企業の約半数が、いまだにそうした研修プログラムを実施し続けているのです(Dobbin & Kalev, 2016)。

研修だけではダイバーシティ推進は難しい

それでは、企業活動(経営)の観点からダイバーシティ推進の効果について目を向けてみます。ダイバーシティ推進の効果を組織的に阻害しているものとしてまず挙げられるのは、求職者に対する採用試験です。

この試験を通じて女性やマイノリティーの方々は心証を害してしまうというのです。決してこうした方々の成績が悪いということではなく、試験を受けさせるという行為と、その結果に対する解釈が一貫していないということに問題があるとされています。

現実問題として、日本でもそうですが、必ずしもこの採用試験はすべての人に課されているわけではなく、またそうだとしても一定のコミュニティに属する人々(たとえば白人男性やエリート校出身の求職者等)に対しては、結果に関わらず合格にしてしまう傾向にあるからです。

研修は押し付けられると嫌がられる

次に、ダイバーシティ研修の位置づけにも問題があるとされています。冒頭にダイバーシティ研修がビジネス界で注目を浴びるようになった背景について記述しましたが、その経緯を受けて、多くの研修内容がネガティブなメッセージを発信する傾向にあります。
そのことが受講者側にとって「ポジティブなインセンティブ」として捉えられ、研修後の言動を積極的に変えていくことに繋がっていないのです。
例えば、「差別をしたら、責任を負うのは会社だぞ!」、と(暗に)研修で伝えられると、受講者は、結局会社(経営者)側は保身のために各従業員に多様性を理解し、言動に反映してもらいたいのか、と感じてしまいます。
また、報告によりますと、75%ほどの企業が昨今のダイバーシティ推進に関して、時代遅れの内容を踏襲しているというのです(Dobbin & Kalev, 2016)。
具体的には、ダイバーシティ・マネジメントの第一人者であった、ルーズベルト・トーマス・Jr氏が主張していたように、ダイバーシティが企業戦略と結びついているなら、その研修は全従業員とステークホルダーにとって必須なものでなければならない、という考えがあります(Thomas, 2010)。
ただし、このことが研修に対して強制力を発生させ、トップダウン型による価値観の押し付けみたいなものを呈してしまいますと、受講者を逆なでさせ、バイアスをより強めることになってしまうのです。
この反省を受けて、昨今では「自発的な」研修が推奨されています。このことが意味することは、受講者側から見れば、「私が自らこの(ダイバーシティ)研修を受講することを決めたのだから、責任をもってダイバーシティ推進役になるんだ!」という、意識が芽生えます。
ハーバード大学の研究チームが、このタイプの研修プログラムを企業に導入し、5年後の成果を検証した結果、管理職に占める黒人、その他のマイノリティー出身者の割合が、9%から13%へ上昇したとのことです(Dobbin & Kalev, 2016)。

研修の対象者を選ぶ際には気を付ける

最後に、受講者の選別についても注意を払わなくてはなりません。多くの企業は、ダイバーシティ研修の受講対象者としてマネージャー以上の中間管理職を想定しています。
確かにそれは当然の成り行きで、中間管理職の業務は、採用から昇進、そして給与・報酬の決定に至る裁量権を持っているからです。
実際のところ、業績評価については、女性やマイノリティー出身者に対して低い評価をする傾向にあり、従業員から不平・不満が報告された場合には、報告をした従業員の実に45%が上司から報復措置を受けているとのデータもあります(EEOC, 2016)。
しかしながら、だからと言って、彼らだけを選別することは、彼らこそがダイバーシティの推進を妨げてきた張本人だ、というレッテルを貼ることにも繋がり、そのことで、彼らは受講すること自体に憤慨し、その内容についても反発を覚えるようになる恐れがあります。

ダイバーシティ研修と企業経営 ~インクルーシブ醸成への接点を創る~

認知的不協和による経験的な気づき

それでは、どのようにしたら研修の効果が高まり、ダイバーシティの推進に繋がっていくのでしょうか?
心理学者たちが提唱している「認知的不協和(cognitive dissonance)」が、この問いに対する解への手がかりとなります。すなわち、人間は自身の認知と矛盾している認知を抱えた状態でいると不快感やストレスを抱えるようになります。
ダイバーシティを実践に移すためには、人々の意見を、ダイバーシティを推進する見方へ寄り添ってもらうことが先決です。
そして、そのことを実現させるためには、ダイバーシティ研修に合わせて、受講者が「私はダイバーシティ推進役になった!」、と感じさせるような経験的気づきを得ることが重要になってきます。   
すなわち、そのように感じさせるには女性やマイノリティー出身者との「接点」を得る実務的な機会をいかに創出することができるのかがカギとなってきます。

自発的な課題解決への取り組み

ハーバード大学の研究者らは、米国企業800社を対象に、約30年間分の関連データを分析し、数百人のマネージャー、および管理職に対してインタビューを実施しました(Dobbin & Kalev, 2016)。
その結果、先述のようなトップダウン型で統制を中心とした研修プログラムから脱却し、別のアプローチを採り入れた企業は、ダイバーシティ推進において一定の成果を収めることができたことが判明しました。いったいどのようなアプローチを採用したのでしょうか?
それは、ダイバーシティ研修プログラムに参加する従業員には、何かしらの課題解決に携わってもらうようにしたのです。
そのことを通じて、現場で女性やマイノリティー出身の従業員と接点を持つ機会が創出され、結果として、「公平な人間として見られたい!」という、社会的責任感が内発されていきました(Dobbin & Kalev, 2016)。
具体的な施策としましては、ダイバーシティ推進の観点からターゲットを絞った大学向けの採用選考の機会提供、メンタリング・プログラムの導入、自己管理型(self-managed)チームやタスクフォースの編成などが挙げられます。

新卒採用活動プログラムの事例

例えば、女性やマイノリティー出身の大学生を対象に行う採用活動プログラムにマネージャーを招聘し、参画してもらうことが挙げられます。マネージャーは役員からその招聘が来ると、喜んで引き受けるとの報告がなされています(Dobbin & Kalev, 2016)。

もちろん、その招聘自体に強制力はなく、受けるか受けないかはマネージャー次第なのですが、「有能で将来性があり、様々なバックグラウンドを持った人を採用するのを手伝ってくれ!」、とポジティブに伝えられると、ほとんどの方が前向きな返事をするそうです(Dobbin & Kalev, 2016)。

そこで、実際にプログラムの活動に責任をもって従事し始めると、女性やマイノリティー出身者で将来有望な候補者に出会うことになります。そうしますと、「認知的不協和」が呼び起され、組織の内外で見聞している事実のギャップに直面し、溝を埋めようと積極的に関わるようになります。

ハーバード大学の研究結果はそのことを如実に示しています。採用活動プログラムにマネージャーを参画させた5年後には、管理職における女性とマイノリティー出身者の割合は平均で約10%上昇したとのことです(Dobbin & Kalev, 2016)。

その他の事例

メンタリングもマネージャーをダイバーシティ推進役として自発的に励み、バイアスを軽減させる効果があります。
採用活動プログラムと同様に、女性やマイノリティー出身のメンティーと接点ができると、「認知的不協和」が呼び起され、「誰でもメンタリングを受けることに値するし、そのことを通じて成長できるんだ!」、と認識し始めます。
その後のマネージャーのメンティーに対する積極的なサポートとスポンサーシップが彼らの将来の管理職への扉を開けることにもなるのです。
自己管理型チームやタスクフォースの編成も、部署を超え、様々なバックグランドを有した人々が共通の目標とゴールに向かって一緒に取り組むことで、お互いに対する偏見や先入観の壁が少しずつ取り壊され、ダイバーシティへの理解と推進が加速します。
最後に、「クロストレーニング」もダイバーシティ推進に一役買っています。違った部署がお互いの技能や職能について学ぶ過程で、様々なバックグラウンドを有した人々と接点ができるからです。

まとめ

ダイバーシティ推進には、ダイバーシティの研修のあり方(企画実施)にまずは関心と注目が集まりやすいのは事実です。
しかしながら、企業経営とラーニング組織の観点から考察しますと、どのようにして研修で学んだことを忘れずに、実務を通じて経験的な気づき(「認知的不協和」)を得て、実践的な成果に結びつける(ギャップを埋めていく)ことができるかが一層重要なことであると言えます。

この記事を書いた人

横井 博文

TOASUパートナー講師/ 東京大学助教授、岡山大学教授歴任

大学卒業後、自動車業界、外資証券を経て渡米。帰国後、社会イノベーション推進を掲げ、国内外で起業。東京大学助教授、岡山大学教授(特任)に就任、グローバル人材育成を推進。グロービス経営大学院 外部講師。
現在は、米国ペンシルバニア大学教育大学院博士課程に在籍。
ヒトと組織のラーニングを高める理論と実践に関する研究を続けながら、L&DやDEI関連のコンサルティング・研修業務に従事。

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