COLUMN
研修コラム
医療教育の目的
医療現場で起こる医療事故の約7割は、ミスコミュニケーションによって起こるエラーが原因である。医療コミュニケーションの充実化を図っていく必要性がある
(1)教育体制の確保
医療機関における教育は、非常に専門的な分野に集約され、その技術と知識においては高度で複雑なコミュニケーションを必要とします。
そのため、医療機関においては、多岐に渡るさまざまな育成・研修手段を用いて、「教育体制を確保」するということは医療機関の責務と言え、サービスの質においてはさらに高い要求をされる時代へと突入することになります。より質の高いサービスを提供するには、医療教育の充実が欠かせません。
(2)専門的で複雑なコミュニケーション
しかし、実際にはどれだけ教育に力を入れても残念なことに医療事故は起こってしまうもので、およそ7割はミスコミュニケーションによって起こるエラーが原因だとも言われています。
医療現場のコミュニケーションにおいては、内容や相手だけでなく、状況や媒体など様々な水準があり、またそれぞれが多様的であるが故に、非常に複雑化している背景があります。よって、教育を中心軸にして、医療コミュニケーションの充実化を図っていく必要性があると言えます。
(3)医療教育の目的
医療教育の最終的な目的とは、医療者である私たちの技術や知識を向上させ、能力全体を向上させることにあります。
患者中心の質の高い医療を提供するためには、チーム医療におけるそれぞれの専門性を理解し、その専門性を持ってしてチーム医療の柱となる多職種連携に直結するコミュニケーションを充実させる必要があります。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、管理栄養士等々の専門職が専門的に充実した教育を受けることは、医療医学における最大の関心事と言えるでしょう。
On-JTの限界
何をどうすれば「あるべき姿」を実現できるのかが言語化・図式化されていることは、教育を実施する場面においてはとても重要な要素である
(1)On-JTの限界
医療教育・医療修練は、実際の医療現場で職務と並行して行われるOn-JT(On-the-Job Trainig)が基本で、特定のスキルを身につけるトレーニングがなされます。しかし、On-JTでは経験の機会、症例数、時間的制限や設備などの差で、習得できる技術と精度に優劣が生じやすいのが現状です。
実際の現場では経験に基づく暗黙知も多く存在します。現場では患者の安全性と診断治療行為の正確性が最優先なので、On-JTには限界があるという考え方もあります。
(2)暗黙知とは
暗黙知とは、一般的には「教えたりするなどの言語化が難しい、個人の経験や知識」と定義できます。
これは、決して医療現場に限った話ではありませんが、そのような場合の多くは、経験豊富なスタッフと若手スタッフとの間の技術的・知的格差が埋まりづらい傾向にあり、技術継承の場面において再現性を担保することが難しくなってくるでしょう。
なぜなら、個人の経験や知識に依存した教育体制であり、曖昧な表現を用いてコミュニケーションが図られるからです。
医療における再現性とは、ある一定の水準を保ちながら誰がやっても同じ結果につながることを意味し、そのためには暗黙知の中で進められる教育体制から脱却することが、今後の医療教育における大きなテーマであることは間違いありません。
(3)形式知化
暗黙知のコミュニケーションから脱出するためには、形式知化する必要があります。
形式知化とは、一般的には「マニュアルやデータを用いて、明文化・言語化・数値化などがされた客観的な知識のこと」と定義されています。
何をどうすれば「あるべき姿」を実現できるのかが言語化・図式化されていることは、教育を実施する場面においてはとても重要な要素であり、それは結果として暗黙知である曖昧さを省くことに直結するため、育成に関する再現性が高まると言えます。 「もうちょっと、上」「あと少しだけ」などという曖昧な表現はやめて、「あと10センチ、右上」「あと5分だけ」というように、誰にでも伝わる言葉を使うことが重要でしょう。それこそが、チーム内での共通言語化となり得るのです。
教育と◯◯は、セットで考える
教育と評価制度はセットで考え、整合性をとることがとても重要。どれだけ頑張っても評価される仕組みがなければ、成長しようという意欲が湧かなくなるのは当然のこと
(1)定量的評価、定性的評価
医療の安全性を担保することは、医療機関の重要な使命の一つでもあるため、教育に妥協することはあってはなりません。
しかし、スタッフ一人ひとりにおける医療技術での差を定量的に評価しにくい場面も多く存在しており、サービスの質という点においても接客や接遇における部分の定性的評価をされる場面も非常に多くあります。
技術的な定量的評価はもちろん、患者に対してのハートフルな対応という定性的評価は、いつの時代もとても重要であり、教育要素に直結します。
(2)評価制度との整合性
ここで大切なのは「教育」と「評価制度」はセットで考え、整合性をとることがとても重要だと言えます。たとえ、どれだけ頑張っても「評価される仕組み」がなければ、成長しようという意欲が湧かなくなるのは当然のことであり、「これは一体、何のため(誰のため)の仕事なのだろうか」と疑念を持ったままでは成長することができません。 必ず、教育と評価制度はセットで考えていく必要があります。
(3)実際にあった話・・・
こんな一例を紹介いたします。
私のもとには、日々、たくさんの医療機関から組織マネジメントについての問い合わせがあるのですが、よく「新人スタッフがマニュアルを読んでくれない。どうすればいいでしょうか」という相談があります。
これは、上司や先輩の立場からするととても悩ましい問題でもあり、上司や先輩が新人スタッフに対して、「マニュアルを読んでから、実務にあたって欲しい」と考えているのは当然のことです。と、同時にこの相談には組織として取り組まなければならない課題が見えてきます。
結論から申し上げますと、マニュアルを読んでも読まなくても評価されないような環境では、誰もマニュアルなど読むはずがない、ということです。特に、新人に対しては徹底してマニュアルを覚えてもらう必要性がありますが、新人の彼らがマニュアルを読んだら、すぐに評価するという仕組みを構築する必要があります。
(4)評価軸に取り入れるべきもの
それはつまり、評価制度の中に「マニュアルを読むことができる」「マニュアルを遵守することができる」という評価軸を存在させることがとても重要です。この評価軸がないにもかかわらず、マニュアルを読んでくれないと嘆くのはとてもナンセンスだと言えます。
さらに、もっと突き詰めていけば、マニュアル自体が非常に活用しにくいモノとなっている可能性もあります。文字だらけで作られたマニュアルは、忙しい現場ではなかなか読まれることありません。文字<図<動画というように、より情報をインプットしやすい状況を工夫し、自分たちの組織にあった「よりスマートにインプットできる環境」を構築していく必要があります。
さいごに
教育は点ではなく線で考えていく必要がある。暗黙知から脱却して、形式知化したコミュニケーションへと昇華することが重要。
以上のように、教育というのは「点」として考えてはいけません。
①採用→②適正配置→③教育→④フィードバック・評価→⑤昇給・昇格→②適正配置→③教育→④フィードバック・評価→⑤昇給・昇格→・・・
という流れが存在するように、教育においては「点」ではなく「線」で考えていく必要があります。
この一連の流れを理解した上で、教育を中心軸として採用戦略や評価制度を整えていく必要があると言えます。
そして、新人スタッフにおいては、積極的に重度患者を担当させ、受け持ち患者数もどんどん増やし、さまざまな経験を積ませることがとても大切です。経験豊富なベテランスタッフのおいても、暗黙知から脱却して、形式知化したコミュニケーションへと昇華させる必要があります。
そのためには、言語化、明文化、数値化するなどして、マニュアル化をすすめ、データも積極的に活用をしていってください。
引用元
1)Joint Commission’s Annual Report on Quality and Safety 2007 2 05|JI.
2) ラストピースマネジメント P84-89 (著:外川大由 パブラボ社)
この記事を書いた人
- 外川 大由 /
- 大手経営コンサルティング会社を経て、オランダにてコンサルティング会社を設立。
東京大学大学院工学系、帝京大学冲永総合研究所での研究員のキャリアを持ち、医療コミュニケーションの研究を専門的に行う。「人の才能が開花する瞬間に立ち会う」をミッションに掲げ、医療機関のコンサルティング・研修は年間250回を超える。
著書ラストピースマネジメント(介護業界初のマネジメント小説本)は、Amazonランキングで二部門1位を獲得。